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そして直後、立て続けに竜也のスマホに着信が2連発

「おいおい、モテモテじゃねーか」
浩臣が揶揄するが、竜也はだりぃーという感じでiPhoneを操作している
間もなく竜也は思わず吹き出した感じでそれを見て、その画面のまま浩臣に手渡した

「やばい。美緒だけじゃなく、光や松村まで札幌に来てやがる」

そこに写っていたのは、それぞれ微妙にアングルは変えているが札幌ドームのシルエットが映っている

「松村ってアレか。プログラムからお前らを助けてくれたやつだっけ」

§

松村未悠、ただの中学の同じ図書委員仲間だった彼女は、竜也たちがプログラムに巻き込まれていることを知るとまさかの行動を取っていた
“会場への乱入、そして介入”

『部外者』が“会場”に侵入した場合、そのプログラムは無効扱いとなり強制終了される
それを美緒は知っていて、時間を稼いで「両親が手を打つのを待っていた」と言っていたが、そんなことは一切知らず構わず、ただ『友達』のために突撃してきたのが松村未悠だった

警備の兵士や警察を悉くなぎ倒し(さすがに一般人に向けて発砲は出来ないようだったのが幸いだったね、と未悠は言っていた)、“会場”に侵入したとほぼ同時刻に光の姉の渚による首輪解除が行われ、さすがの国も続行不能と判断しての強制終了

“迎え”に来たサングラスをかけたダンディーな二人(仲村の先輩だと言っていた。時を見て介入するつもりだったのに、お前の彼女のお陰で見せ場を奪われたと竜也に笑いながら話していた)と車で移動している時、別の兵士に囲まれて護送されている未悠とすれ違った時さすがに竜也は驚いた表情を浮かべたのだったが、未悠はいつも通り右手で銃の構えを作っておどけていたのにはさすがに感嘆するしかなかった

“無罪放免”となった未悠は戻る前に竜也と対面し、「冬休みに来るお金なくなっちゃったから。次会うのは大学行ってからね」と謎の仄めかしはしたものの、『助けた』ことには一切触れないし、触れさせなかった

「まあとにかく、また君に会えてよかったよ。暴れた甲斐があったな」
言って、またいつもの銃ポーズを見せつつ空港で笑みを浮かべていた未悠の姿は記憶に新しい

§

「だな。あいついなきゃ、今頃涅槃でスタメンだわ」
そう軽口を叩きつつ、竜也がIphoneを弄っていると浩臣がそれを窘める

「って、もう練習始まってるんだから既読つけたりはダメだろ。怪しまれるじゃん」
今更ながらツッコミを入れられるが、既読は消せないのでどうにもならない事実

「ま、大丈夫でしょ。スタメンから外れるのはよくあるって知ってるし」
竜也がそう呟くと同時、後ろの方から聞き覚えのある声が3つほど届いてくる

浩臣は気づいていないようで練習風景を眺めていたが、竜也は下を向いて思わず苦笑している
何で3人合流してるんだよと思いつつ、さすがに俺らがここにいるとは思わないかという気持ちもあったが

M・U・S・C・L・E muscle! 3・2・1 Fire!
草薙の応援歌で盛り上がっているスタンド応援団

「しかしまあ、よく全員分応援歌考えるし、それをちゃんと演奏して盛り上がってくれてるよな」
浩臣がそう感心したように呟いている
例によって歌詞カードが配られ始めていて、竜也と浩臣はさすがにそれを辞退したのだったが

応援団員はその歌詞カードを、どうやら現れた女子3人組(振り返ってはいないけれど。人数も確認してないけれど。見たらバレそうなんで)にもそれを手渡した様子

「あ、これ竜也の仕業だね。って、全員分新調してるじゃない」
美緒の呟く声が聞こえ、竜也は噎せそうになるのを堪えている
浩臣はまだ気づいていないようで「また玉子がエラーしてるわー」と笑っているが、竜也は聞き慣れた声がどんどん近づいてくるので驚愕を隠せない

「まーた竜ちゃんスタメン落ちしてるよ? 今日は何やらかしたのかしら」
今度は光の声が届いてくる
さすがにそれは聞こえたのか、浩臣が「今、水木の声が聞こえたな。挨拶しなくていいのか?」と揶揄ってくる

「にゃ、どうせもうすぐベンチ戻らないとダメだしな。試合終ってからでいいだろ」
竜也はそう返しつつ、4番岡田の応援歌を口ずさんでいる

“そうだよ 信じるだけでぐんぐん前に進むよ”

「ねえ、あそこにいる2人って...」
ハスキーな声が近づいてきた
未悠のそれで、どうやら竜也と浩臣に気づいた様子だったが、まだ敢えて知らぬ存ぜぬで押し通す予定

しかし、その状況はあっさりと終了に追いやられることに


「あの、伊藤選手と杉浦選手ですよね? サイン頂けますか?」
そう呼びかけられ、竜也と浩臣は思わずその声のした方向に視線を向ける
あれ、どっかで聞いたことがある声だなと思った竜也だったが、やはり案の定なそれ

光の姉の渚が光、美緒、未悠を引き連れて並んで立っていたので竜也は思わず噎せる
見覚えのある顔が並んでいたこともあり、浩臣も“ペン”を受け取ろうとしていた右手を自分の左手で叩いて誤魔化している

あー、やられたわと浩臣は嘆きつつ、何事もなかったようにグラウンドに視線を向ける一方、竜也はそれぞれ質問責めにあっている

「わざわざ来たのに、キミがスタメンじゃないとはね」
「竜ちゃん! スタメン落ちなら先に行ってよね。来るの2回戦からにしたのに」

などなどと矢継ぎ早で攻め立てられたが、竜也にはとある一つの疑問が浮かび上がった
光、美緒、光まではまだわかる。けど、なぜ未悠まで一緒に...?

竜也は素直にそれを口に出すと、美緒はいつものふふという笑み
そして未悠も、「ホント君は鈍いな。気づいてなかったの?」と逆にツッコミを入れて来る始末

「私言ったよね? 千葉の学校に居るって。それが未悠ちゃんと同じ学校だったってわけ。まあ仲良しになってるとは教えてなかったけどさ」
まさかのネタバレに竜也は苦笑するしかないが、浩臣は一人首を傾げている
そして浩臣は光を手招きすると、何事かを耳打ちしている

光はそれを聞いて首を傾げつつ、「そんな偶然ってあるのかしら」と思案気な様子

そのやり取りに気づいた渚が、どうかした? と光に尋ねると「妙なのよね」と何度も首を傾げている

「伊藤くんが言うには、さっきから球場で流れている曲がこないだ私たちが行ったカラオケの“セットリスト”と同じだって言うのよ。今流れている『世界が終るまでは...』とかなら割とありそうだけど、それまでの過程がおかしいって話ね」
やがて世界が終るまではが終わり、次の曲が流れ出す

“夕映えの空に見つけた流れ星”
イントロの時点で光の顔は青ざめていて、もうこれ絶対おかしいよと思わず呟いている
しかし竜也は気にも留めず、美緒の持っている“歌詞カード”を見つつ美緒と未悠と久々の歓談に勤しんでいる

「つかね、曲全員分変えるなんて歌う方の身になってほしいな」
美緒の冷やかしを受けつつ、竜也は未悠から何かを受け取っている

「せっかく試合で使ってもらおうと思ったのに。まさかノンテンダー喰らってるとは」
青のリストバンドを手渡しつつ、未悠はバッグから同じ色のウィッグを取り出している

「西陵カラーにしてみた。いいでしょこれ」
自慢の黒髪ロングに、そのウィッグを合わせてみせる

「いいね。私も髪染めて来ればよかったかな」
そう言った美緒も髪がかなり伸びている。それで竜也が、「短い方が好きだぞ」と揶揄して殴られそうになっていた

流れていた曲は終わり、次の曲のイントロへ
光と浩臣の表情は確信のそれに変わっていて、渚は苦笑しているだけ
リストバンドを嵌めておどけてみせる竜也に、美緒が明日休みでしょ? バッティンググローブ新調してあげるよ。何とか抜け出してきてねとひそひそ話

「ズルいな。私もついて行くかな...」
未悠が言いかけた矢先、聴こえてきた曲を聴いて美緒と光が思わず噎せている

“まぶしい季節が 黄金色に街を染めて”
明らかに祐里の歌声が球場に鳴り響いている
そしてバックコーラスで竜也の声まで聴こえてきて、なんじゃこれと思わず竜也は目を丸くしている
そのタイミングで、今度は球場内に放送が流れ出す

『西陵高校の伊藤選手、杉浦選手。渡島監督がお呼びです。至急ベンチへお戻りください』

いつの間にか練習は終わっていたようで、試合開始目前
試合前の挨拶は免除と聞いていたが、規則でやはり来いということなのだろうか

“伊藤! 伊藤! 杉浦! 杉浦!”
応援団からのエールが始まり、竜也と浩臣は互いに顔を見合わせつつ徐に立ち上がった

「じゃあ、また後で」
そう呼びかけられ竜也が右手でいつものアレを指し示すと同時、応援団による応援歌がスタートしている

“雄叫びあげて 唸るその剛腕 我らのエース 西陵のエース”
かっ飛ばせー伊藤からの、唐突に始まる“杉浦ジャンプ”

しかし生徒たちの歌い始めた曲が“杉浦 杉浦 頼りになる男 杉浦 杉浦 お前はいい男”だったので、思わずこけそうになりつつ竜也と浩臣はそれぞれ慌ててベンチへ向かったのであった